特別対談 第6回 安藤忠雄(建築家)× 岡部倫典(大阪青年会議所 理事長)

1969年、28歳の若さで安藤忠雄建築研究所を設立して以来、約半世紀。
76歳の現在も、国内、そして世界各地を舞台に、常に現役の挑戦を続ける稀代の建築の巨人・安藤忠雄氏。「目標があるうちは青春だ」と言い切り、未来へと進むその若々しい眼差しには、一点の翳りも見られない。その「世界のANDO」が次に手掛けるプロジェクトは、大阪市と共同で中之島公園内に建てる「こども本の森 中之島(仮称)」。2025年開催を見込む大阪万博への氏自身の期待も含め、子どもたちの世代に託す大阪と日本の未来について、本年度巻頭対談の締めくくりとして再び岡部倫典理事長と語り合って頂いた。

ネット社会で「情報」は簡単に手に入る。しかし、子どもに「考える力」を与えるのは本だけ。

理事長 先生、四月の大阪JC入会式・新人セミナーでご講演頂きました節は、お忙しい中対談させて頂きまして誠に有難うございました。今日は、今年度の誌上対談の締めくくりとして、このように先生の事務所までお伺いさせて頂き大変恐縮ですが、どうぞよろしくお願い致します。

安藤氏 いや、岡部さんもお忙しい身でしょう。こちらこそ、よろしくお願いします。

理事長 有難うございます。それでは早速ですが、今回「子どもたちに託す大阪と日本の未来」というテーマでお話をお伺いさせて頂きます。これは先日、先生が京大の山中伸弥教授と記者会見で発表されました「こども本の森 中之島(仮称)」を受けてのものですが、先生自ら設計と建築を手掛けられ、完成後の運営費は寄付で募る子どものための図書館を計画されたご動機をまずお聞かせ頂けますでしょうか。

安藤氏 一つのきっかけは、鉄鋼王カーネギーの後悔に共感したのが始まりですね。彼は66歳で引退して83歳で亡くなるまで事業で築いた莫大な財産を社会のために注ぎ込むわけですが、それを十分出来なかったのが自分の失敗であると言っているんですよ。アメリカ中に図書館を創り、カーネギーメロン大学やカーネギー財団も創設した。それでも全部を社会還元のために使いきれなかったのが失敗だと。これには考えさせられましたね。

理事長 なるほど。確かに考えさせられますね。

安藤氏 そういう中で大江健三郎さんの回顧録を読む機会があったんですが、大江さんは子どもの頃に母親に読み聞かされたマーク・トウェインの「ハックルベリー・フィンの冒険」や「トム・ソーヤの冒険」に感動し、その感動が中学時代にそれらを英語の原書で読むことにつながった、それが自分の人生のスタートになった、と書いておられるんですね。その時改めて感じたのは、「子どもに考える力を与えるのは本だ」ということです。

理事長 確かにその通りですね。

安藤氏 今の時代、偏差値教育のせいで、子どもが子どもをする時間がないんですよ。自由に遊んだり、本を読んだりして、そこから自分で考える力を子どもは身に着けていくものですが、その機会が失われている。ネット検索で情報が簡単に手に入る社会ですが、本当に考える力を身に着けさせるためには本を読むことが必要です。

活字文化を愛する企業人たちが、未来を担う子どもたちを育成する仕組みを作りたかった。

理事長 「子どもが子どもをする時間がない」。
至言ですね。その一つが本を読む時間ということですね。

安藤氏 そうです。そこで、子どもたちのための図書館を創ろうと考えたわけです。京大の山中伸弥教授もこの考えに賛同してくださって、大阪市の吉村市長を通じて名誉館長になって頂くことになる予定です。。

理事長 それは頼もしいですね。

安藤氏 大阪の子どもたちの学力レベルは、残念ながらあまり高くない。偏差値教育ではなく、本を読んで考える力をつける機会と場所を提供することで、これを少しでも上げたい。この事も別の背景としてあります。本を読むというのは、忍耐力がいる作業ですから、それでも頑張って最後まで読むと知的体力がつくわけですよ。そうすると自然に学力もついてくる。面白いことに、子どもたちの学力が上がると地価も上がるんですよ。いや、これは本当に(笑)。

理事長 なるほど。実際、親としては学力の高いところで子どもを育てたいと思いますしね。子どもの学力も地価も上がれば、大阪の将来は明るいですね(笑)。ところで、記者会見で「建築費の目途はついている」と言われていましたが。

安藤氏 6~7億というところだと思います。まあ建築費はいいとして、完成後の運営費が必要です。そこで1社年間30万ずつ5年間支払う企業200社を募り、その寄付で運営費を賄うことを提唱しました。

理事長 最初に仰っていた企業の社会還元の仕組みですね。

安藤氏 その通りです。やはり、企業というのは社会のためのものであって、社会還元をするという務めがあると思うわけですよ。幸い、私が個人的にお話しさせて頂いた関西の財界の方々たちはすぐ賛同して下さいましたし、その他新聞社、書店、各出版社までも手を挙げて来てくれました。 皆さん、活字文化が大事だと思っているわけです。そういう企業人たちが、我々の世代に続いて大阪と日本の未来を担う子どもたちを育成する仕組みがこれで整ったと思います。

私の仕事のエネルギーは「誇り」。子どもたちが誇れる大阪の街を残していきたい。

理事長 先生ご自身、独立された頃に読まれたル・コルビジェの本から大きな影響を受けられたと、ご著書に書いておられましたが、本物の本との出会いは人生に大きなインパクトを与えますね。

安藤氏 それは間違いないです。私は他にも20代の頃に和辻哲郎の「古寺巡礼」を読んで、「よし、和辻哲郎が歩んだ通りの道を歩こう」と思い、インドに行きました。ヨーロッパに行った時は、ミケランジェロの彫刻を彼が作った年代順に見て回りました。良い本との出会いはそういう発想を与えてくれます。

理事長 私もいろいろ本は読みますが、読んだ内容が直ぐに何かの役には立たなくても、それが知的資産となって積み上がってきているのは実感します。

安藤氏 本を読める環境に育つというのは恵まれたことなんですよ。私は下町の森小路で育ちましたから、当時は子どもが読める本などは周りになかったんですね。本などは読まずに外を走り回って、魚釣り、野球、それから喧嘩もよくしました。しかし喧嘩というのは、全身全霊を使って考えますから、考える力はつくわけですよ(笑)。それと闘争心も。今の子どもたちにはいい意味の闘争心がないですが、自分の力で立ち向かっていくエネルギーを得るためにも、本を読んで考える力を身に着けてもらいたいと思いますね。

理事長 先生は先日の記者会見で、「本を読んで誇りある子どもを育てたい」とも仰っておられました。

安藤氏 これはですね、私の仕事のエネルギーの源泉は「誇り」なんですよ。御堂筋や中央公会堂という素晴らしい財産を残した大阪という街に生まれ育ったという誇り。これが私が大阪で仕事を続けている理由なんです。大阪は、手塚治虫という素晴らしい人材も生み出しました。私も手塚さんの作品はずいぶん読みましたが、一方で「鉄腕アトム」を生み出し、もう一方で「ジャングル大帝」を描く。この発想は一体どこから来るのかと思いました。手塚さんは阪大医学部出身で人間の体を知っている。人間の体という現実を踏まえて想像するサイエンティストです。御堂筋を生み出し、こういう人を生み出した大阪という街を将来も子どもたちが誇れるようにと、大阪の誇る中之島にこの子ども図書館を建てようと考えたわけです。

知的好奇心が新しい可能性を生む。二度目の万博は、モノからコトヘ。

理事長 さて、いよいよ来年秋に2025年に二度目の開催を目指す大阪万博の可否が決定します。55年ぶりのこの万博に先生は何を期待されておられますか。

安藤氏 一言で言えば、経済力ではない大阪の世界からの信用獲得の場となって欲しい、ということです。

理事長 経済力ではない信用、ですか。それは私も同感です。テーマも「いのち輝く未来社会のデザイン」ということで、健康が大きな要素です。

安藤氏 私が最近感じるのは、日本人の「好奇心」が衰えてきているということです。戦後、物質的には何もかも失った日本を建て直そうと、人も企業も頑張った。あらゆるモノに対する好奇心があり、日本の経済力は急速に立ち直り、1964年には東京オリンピックが開かれました。しかし,この頃から実は好奇心は衰えてきていると私は思っています。そして今はもう物質的なものへの好奇心は満たされてしまっています。

理事長 私もそう感じます。
70年万博は大成功しましたが、それは大阪と日本の経済力に対する信用づくりの場だったということでしょうか?

安藤氏 そういうことです。しかし、今は大阪の経済を誇ったところで、それは世界の信用にはならない。経済力が信用になる時代ではないわけです。しかし、iPSの山中伸弥教授を生んだ大阪は世界の信用につながる。そういう意味でも新しい可能性を生み出す知的好奇心は大切です。

理事長 なるほど。モノからコトヘ、ということですね。

安藤氏 そうです。健康というテーマも、医学によって支えられる健康も大事ですが、一方で環境やライフスタイル、知的好奇心によって人間自ら生み出し維持する健康も大事です。ですから今度の大阪万博は、生命や地球のことも含め人間の未来の生き方に対する可能性を示す場となり、そういう未来を提唱する大阪の知的創造力を世界が信用する場となるべきだと思います。

理事長 全く同感です。大阪JCも2025年万博に向け、大学生と若手起業家が一緒になって、社会に山積する課題の解決に向けたビジネスモデルの構築に取り組む「G l o b a lAcademy Osaka」という事業や、様々な仕事のプロフェッショナルが大阪市内の小学校の教壇に立って子どもたちを教える「社会人講師事業」を通して、そういう大阪の知的創造力の向上に取り組んでいます。

安藤氏 JCの皆さんには期待してますよ。是非子どもたちのためにも頑張ってください。

プロフェッションが人の信用。
体力の続く限り、挑戦はやめない。

理事長 有難うございます。頑張ります。さて最後になりましたが、今、国立新美術館開館10周年記念で開催中の『安藤忠雄展-挑戦-』で、「目標があるうちは、青春だ」と仰っておられますね。

安藤氏 目標は常に持ってますよ。この展覧会では当初10万人入場を目標に掲げて、私の作品の「光の教会を実物大で会場に再現しました。しかも、今回は十字部分にガラスを入れていません。元々私は実物でもそうしたかったんですが、できませんでした。今回これで、「あきらめない」ということを見せたかったんです。それともう一点は、大阪人の誇りと大胆さも示したかった。おかげで来場者数もかなり増えているようで、会期中に20万人にも届く勢いです。

理事長 まさに挑戦の成果ですね。。

安藤氏 私は体力が続く限りは、挑戦はやめません。その昔、U2のボノが私の事務所に訪ねて来たので、光の教会に案内したら、そこで彼は「アメイジング・グレイス」を歌いました。私はその歌の上手さに感動しました。それ以来の付き合いですが、人はその人のプロフェッションでその人を信用するものです。私のプロフェッションもまだまだ終わる訳にはいきません(笑)。

理事長 今日はお忙しい中、先生のお話から再び大変な激励と元気を頂戴しました。これからもどうぞご指導よろしくお願い致します。今日は大変有難うございました。

同じカテゴリの関連記事